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アクティブな人見知り

いろんな所に凸したレポート

子供のコーディネート

日本教育会館。
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初公判報告シンポジウムに凸してきたよ。
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『ワイセツって何ですか?』



BGMがまんこーまんこーまんこーまんこーっていう曲が流れてます。

マジです。洋楽っぽかったから意味は違うんだろうけど、こんな曲あるのかよ…ググったけど、わからず(笑)

ろくでなし子氏を取材しているドキュメンタリーの映画監督、弁護団の中の南氏を取材している映画監督の映像取材が入る。

…なんか本当に、この件がどんどん大きくなっている。

ログミーも来てたから、そのうち全文まとめられるでしょう、きっと(笑)



開催にあたり、週刊金曜日の編集長の言葉。

ろくでなし子氏の会を設けさせてもらったのは、ろくでなし子氏を取材させてもらって、記事にしてそれをきっかけに連載させてもらいました。

その漫画というのは、かなり業界では画期的だと思うんですけども、その取り調べの様子だとか、初公判以前の経過をですね、リアルタイムで絵にしているという事があります。

あんまりそういうような形態の漫画っていうのはこれまでなかったと思うし、漫画家の方自体がそういう状況になる事がなかったと思います。

内容としては非常に評判を呼んでですね、今日も出版物がありまして、小岩署をと言いますか、警察を逆撫でしたという節もあります。

しかしながら、ろくでなし子氏の最近の評価、週刊金曜日編集部内でも色々ろくでなし子氏のファンというのはいるんですけれども、よく言われるのが、ろくでなし子氏が子供みたいだという言い方がされたりして、私もそうだなと思ったりします。

というのは、我々週刊金曜日、反権力だとか左翼だとか言われるんですけども、ひとつ考えた時に、そういう権力とかルールとか色んな物があると思うんですが、これに対して極めて乱暴にみっつに分ける事が出来るとすれば、

①ルールがあった時に、それに逆らわないように服従する。
清く正しくという生き方。

②反権力ではないですけど、権力に対して意識しながら反抗的に生きる生き方。

③そういうのを全く意識せずに生きる生き方。
その結果、時にはルールを守るし、時にはルールを逸脱すると。
基本的に守るのは自分の表現したい物、自分の問いかけ。
それを実現するために生きるという生き方。

これは子供の様な生き方と言っていいと思うんですけども、ろくでなし子氏というのは子供の様な人であるのかなと良い意味で思います。

週刊金曜日も、そういうような形の雑誌でありたいなと。
それぞれがですね、今、世の中っていうのは集団主義とかよく言われますけども、集団で大きな問いに対してぶら下がるのではなくて、自分自身が問いかけを持ってそれを追求するというか、突き詰めて生きるという生き方をしたいなと改めて思うきっかけになったのは、今回の漫画連載したりとか、芸術とは何か、アーティストは何かという事を考えた時だったりしました。

だからこの場で簡単に感謝したいなと。

そういう意味で週刊金曜日よく、安倍晋三氏の批判するんですけども、安倍氏というのも、自分で勝手にルールを創り出したりとか、それを破ったりしてると。

そういう人なんですけども、そういう意味で安倍氏に対抗出来るのはろくでなし子氏かなと、ろくでなし子氏的な生き方かなと思ったりもしてます。



ここで、弁護団からの報告。
過去のエントリーと被る事は一部省略。



今後の裁判どの様になって行くのか?

次回の第二回公判。

当日の内容としましては、検察官が追加で証拠の請求をしたいという事ですので、証拠調請求と弁護人の証拠に対する意見、これを証拠とする事が妥当であるのか、そうでないのかといった事を行う。

ちょっと手続き的であまり面白くはないかもしれないんですが、手続きとしては大事な事をやります。

その後の進行の見込みなんですが、弁護人の方で証書を不同意、あるいは一部不同意という事をしておりまして、その為に検察官がもう少し詳しく立証したいというような事が予想されます。

そういう場合に検察側証人として証人尋問を行うという流れになると思われます。

特に今回、科捜研の鑑定書をかなりバサッと不同意にしていますので、科捜研で鑑定受諾者を尋問するといった流れになると思います。

また、事実関係で違うとされた供述証書の供述人、この人達を証人として検察側が尋問すると考えられます。

検察官立証が終わった後に弁護側でも冒頭陳述を行いまして、主張をもう少し明らかにした上で、弁護側立証に入っていくといった流れになる事が予想されます。



類似裁判がどのような事があるのか?山口氏からの説明。

あんまり左翼好きじゃありません。
週刊金曜日読んでないのにこういう場に呼んで頂きありがとうございます。

他にどういう裁判があるのか。

私が現在抱えている物だと、CG児童ポルノ裁判。

昔、児童ポルノ施行前に出ていた、販売されていたいわゆる美少女ヌード写真集、これにインスパイアされた人が、それにインスパイアされて非常にCGで精密画を作ったんです。

元々の物とかなり似ているですね。

これについて児童ポルノだというのがあってですね、こちらの方が刑事11部の方に現在継続中という事件があります。

そもそも児童ポルノに該当するのか否かと。

つまり創作物について、児童ポルノが該当するのかどうかという論点が争われている中々重要な裁判というのがひとつあります。

それから他だと、私が以前弁護人をしていた松文館裁判という物があって、蜜室という漫画単行本についてワイセツだと刑法175条違反だという事で、起訴された。

最高裁まで戦ったけど、残念ながら有罪と。
ただ一審の懲役刑が控訴審で罰金に曲がったんですね、実写に比べると漫画の性的な刺激度が強いと。

つまりワイセツであってもワイセツさの度合いには違いがあるという高裁の判決が出たと。



元々僕は、こういう性表現の問題に関心があってですね、弁護士としての最大のテーマのひとつなんです。

表現の自由の問題っていうのは僕のメインテーマで、ろくでなし子氏の裁判を引き受けたのもそこなんですね。

やっぱり具体的な被害者のいない表現について国権力が規制するという事はあってはならないし、国権力の仕事ではないだろうなと思います。

警察はろくでなし子氏のアート作品を捜査するとかいうするよりも他にもやるべき事があるはずですし、これが国権力の仕事なのかなっていう疑問があります。

ただ175条という法律は明治以降ずっとあってですね、今回の件で違憲、無効にならない限りは、またずっとあり続けるという法律なので、その枠組みに立って戦わなければいけないんですけども、やっぱりろくでなし子氏の表現って性表現ではなくて性器表現なんですよ。

性と言いながら性器を模写していながら、エロティックとかセックスを連想させるようなコンテクストっていうのは全く何もないんですね。

実物を見ればってここでお見せ出来ないのが残念だし、表現規制の最大の問題点、みんなで議論する材料も共有出来ないっていう事になるんですけども、あれ見るとエロくも何ともない。

それは作品の質とかそういう問題じゃなくて、元々性的なコンテクストではないし、いわゆるまんこ見たからって人間は活用するように出来ているわけではないっていう当たり前の事なんですけども。

裁判にあたってどういう事を考えなきゃいけないかっていうと、裁判官が無罪判決を書けるような材料っていうのをいっぱい書いてやらなければいけないわけですよ。

裁判官にどういう材料を提供していくのかっていうのを弁護団は考えなければいけない。

もうひとつはコーディネートの問題なんですけども、ろくでなし子氏が、あっ、この人は真摯な芸術家なんだな、単の目立ちたがり屋のおばさんじゃないんだなという事を思われないように、ちゃんとそこはわかってもらえるように、色々コーディネートしなければいけないんです。

ろくでなし子氏が子供なので弁護団がやるしかないんです。

そういうコーディネートをどうやってするかという論点がふたつあるんです。

つまり、無罪判決を書く材料があったとしても、ワイセツの判断っていうのは法律判断なんです。

法律判断は裁判官の専権ですからどういう判断してもいいわけですよ。

ただそれについてこの人はやっぱり、有罪なのおかしいよなというコーディネートをどうやってやっていくのかが今回のもうひとつの課題となっていると。



レポ続きます。