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アクティブな人見知り

いろんな所に凸したレポート

霞と穀潰し

対談続き。
画像はかなまら祭の時の飴、買ったはいいけど、食べてないや…
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しかし良く出来てる。



柴…目的がなかったっていう事に対してアートじゃないとか、漫画のネタに詰まったから、犯行に及んだ。

ろ…それを法廷で言われて、漫画のネタに窮した。

えっ、ええ?それって悪い事なのかなとか思ったんですけど。

大体漫画家っていうのは常にネタに窮しているので、そんな事言ったらみんな大変なのにねぇ。

柴…逆に表現者で何も自分の表現行為に疑問だったり、葛藤なく作り続けられるって、多分いないと思うんですよ。

逆にそっちの方が私ヤバイと思いますし、だってコピー機じゃないんだから。

ろ…そうなんですよねー。

なんかやっぱり、私が何で芸術家じゃないかっていうのをどっかのネットニュースで、何故なら理由はそれで、お金を得ていないから。

っていう事が書いてあったんですけども。

警察が言った的な感じて書いてあったんですけども。

そんな事言ったらゴッホ氏とか全然お金得ないで死んじゃったっていう。

芸術家って言えないの?

柴…本当にそこって凄く変な矛盾で、日本って芸術家は製品であるべきだ、清く貧しくあるべきだっていう意見もあったり、漫画家みたいに原稿料貰ってる時点で、自分の魂を売っている。だから商業と芸術は違うみたいに。

ろ…えっ?食べていけない。

柴…そう、でもそれって凄く悪いエリーティズムだと思っていて、貴族のパトロンで芸術家が生きていた時代と今は違いますし。

実際その時代の方が芸術家って権力持っているんですよ。

結構その、王様のお抱え絵師になってある程度勤続したら、じゃぁ〜市の市長ね、みたいに市長になったり。

ろ…天下り

柴…天下り先があったり。

ろ…へぇーそうなんだ。

柴…なので、なんていうのかな、芸術は清く貧しくあるべきだっていうのは、食えない作家達の妬みみたいな物も強かった。

ろ…食えてないんですけどね、実際。

まんこで金稼ぎやがってとか言う人もいるんすけど、ネットで。

稼いでないし。

むしろ、お金欲しい。

柴…でもアーティストがお金を欲しいって言ってはいけないみたいな。

ろ…なんかおかしいですね。

柴…なんかね、美術界でそういう。

ろ…なんですかね、霞を食って生きなきゃいけないんですかね。

困っちゃいますね。

柴…ねぇ、それかねぇ、資産とかがないと無理ですよね。

ろ…だったら、金持ちの娘とか息子とかじゃないと出来ないわけですよね。

そんな不公平な話はないし。

柴…実際ゴッホ氏はね、資産家の息子だったから。

ろ…えっ?そうなの?

柴…そうなんですよ、だからなんで絵が売れてなくても絵を描き続けれたかっていうと、親のお金。

ろ…なんと穀潰し…

柴…アメリカのジェフ・クーンズ氏が凄く嫌われているのは、お金の事を言うアーティストっていうのは凄く嫌われる。

ろ…えっ、海外でもそんな発想なの?

柴…海外でもやっぱりそういうのはあると思います。

ろ…村上隆氏は嫌われないのかな?

柴…いや、村上隆氏は嫌われてるじゃないですか。

日本では嫌われてますよ。

っていうのは村上氏の作品っていうのは、日本の美術がどれだけ歴史化されてないかっていう事を世界に向けて表現しているから。

日本で何故、村上氏の個展が開催されないかというと、評論家も村上隆氏の作品を論じた時点で、日本美術の敗北を語らなければいけない。

そういう構造があるから、自分が美術評論家だったら、いや、日本の美術は終わってます!とか言えないじゃないですか。

歴史化されてないですとか。

ろ…でも評論家だったら、公平に言うべきなのに変な話ですよね?

柴…いやいやいや、あのそれこそ弁護団の話ですよ。

ろくでなし子弁護団は出来ないじゃないですか?

ろ…あぁ、まぁ、そうか。

柴…ろくでなし子弁護事務所って社会で。

承認されないじゃないですか。

ろ…そうか。

柴…そうですよ。

ろ…でも、そこは認めて今日本人の村上隆氏っていうアーティストがいるでもよくないの?

柴…あのー、それは元々日本の美術の歴史が、明治時代に西洋美術が入ってきているんですけども、その時に訳したのは大抵白樺派が翻訳したんですけど。

その凄く白樺派的な、お坊ちゃんで、ホモソーシャルで、友情ですよ。


そういう感覚が凄く強かったので、また、美術を定義する時に、私は普段、現代美術でも彫刻を中心にやっているんですけども、AとBとCという条件を満たしていたら彫刻であるという定義の付け方ではなくて、それ以前から日本にあった文化、仏像だとか人形だとか、置物だとか、そういった物とは別で、それよりも素晴らしい。

要は他の日本の伝統的にあった文化を終焉化して、それよりも上だっていう差別の仕方で芸術が成り立ったっていう経緯があるんですね。

それはこう、凄く高村光太郎氏とかが、高村光雲氏は元々仏師なんですけども。

光太郎氏は彫刻家なんですけど、オヤジに対するインタビューで、オヤジディスをめちゃめちゃしていたり。

オヤジの作品は彫刻じゃねぇ、あれは置物だ、みたいな。

なんかそういう歴史がずーっと続いていて、で、日本の中で日本の美術だったり、明治以降の美術、島国独自の物としてあまり、最近ようやく歴史化されつつあるんですけども、歴史化されて来なかったっていうところから、そういう事があるんじゃないかと思います。



まだまだ続きます。